阿岸鉄三 楡刀会(北海道大学第一外科同門会)会報2017:p60-62
世の中、なにが起きるかわからない。2017年1月、82歳にして初めて、破廉恥といわれるのを覚悟で水彩画の個展を開いた。その経緯と結末である。
話は、1980年代にまで、一気にさかのぼる。國際学会などで、外国へ行くことが多くなった。御多分に漏れず、カメラをぶらさげてパチパチ写真を撮って歩いた。真面目に写真をやっている人には、申し訳ないが、手元に残るプリントの数が多くなるにつれて,なにか気合がこもっていない感じがしてきた。当時、自家製の絵ハガキが流行っていたので、これをやってみようかという気になった。しかし、絵は、小学校以来、描いたことがなかった。ちょうど、いまは故人となった、ファッションデザイナーで画家の長澤節さんが外来の患者さんだったので、訳を話したところ、“近頃は、絵の上手下手はいわないのですよ。あなたらしさがでているのでいいのです”と、いってくださった。背中を押してくれた気がした。“なんだ、それならおれにもできそう”が、発端だった。
外国から、自宅に水彩画絵ハガキを送った。どこの家庭でも同じと思うが、この世で一番のきびしい批評家は、妻である。遠慮会釈・忖度がない。でも、自分の気に入った絵が送られてきた時には、額に入れて家の壁に飾ってくれた。いくつになっても、人間は褒められると嬉しい。また、やる気になる。どんどん深みにはいる。はまったのである。
そのうち、自問したことがある。始めのうち、学会のついでに絵を描いていた筈なのに、“もしかしたら、おれは絵を描くついでに学会に出席するのではなかろうか?”
2000年に、東京女子医大を定年になって退職し、一応、外の病院の常勤医をしながらも、それまでもしていたアウトドアスポーツを、外国でも活発にするようになった。Fishing, yacht, kayak, mountain bicycle, ski, snorkel, trekking, 庭いじり、畑づくり、 etc. 妻と外国旅行するときにも、fly(飛行機で)& drive (レンタカーで) で、目的地へ直行のスタイルが多くなり、いわゆる物見遊山はしなくなった。好きなアウトドアスポーツをして、そして絵を描くのである。
ちょっと自慢がてら、行った先を羅列すると。。。
Alaska & Seattle(salmon fishing), 米国東海岸Nantucket, New Port, Marsha’s Vineyard, 南太平洋のPalau, Fiji, New Caledonia, New Zealand, 欧州ではItaly各地、スランス・ドイツ・オーストリア各地、Spain, 地中海のMinorca島、北欧3国、Finland, Croatia、Casa Blanca。。。
ところが、2013年に脊柱管狭窄症の手術をうけて後遺症で行動が制限されるようになった。一方で、自宅の地域コミュニティの人たちとの接触が増えた。スポーツクラブ・朝日カルチャー・多摩古典文学の会・桜ケ丘いのちを伝える会(月一回交代で話題提供し、その後軽く一杯)など。いのちを伝える会に入ったときに、名刺代わりに、10年位前に出版したエッセイ集「生命学散歩(秀潤社、2004年」を持っていった。そうしたら、これに載せてあった自画水彩画の挿絵を気に入ってくださった人がいた。この方は、地域のコミュニティセンターの運営にかかわっておられて、ギャラリーの使用料は無料でいいから展覧会をするようにと勧めてくださった。そこまで、いわれたらやらざるを得ない。2週間の個展となった次第である。わたしは、絵を提供しただけで準備はすべて、ボランティアがしてくれた。個展の名称は、”From My Travel Sketch Books”とした。その間に、1時間ほどのギャラリートークをした。100人超の人が集まってくれた。とっても、気分が良かった。
その後、弟子入りしたいという人が現れたのには、ビックリした。2歳年下の元自衛隊の飛行機乗りである。結局、弟子ということでなく一緒にお絵かきに行こうということにした。彼氏には、すぐにいやになるかも知れないので、自分もそうしたように、絵具は新しく買わずに子か孫のお下がりを使うように勧めた。多摩市は、聖蹟記念館周辺はじめ緑の多い公園が沢山あるので、弁当をもって、これまでに3回お絵かきを済ませた。とても元気で毎週月曜日朝一番の電車に乗って高尾山登りをしている彼氏は、さすが元自衛隊員で社会的階級意識がしっかりしている。公園の駐車場からお絵かきの現場まで、わたしの絵具・椅子・弁当などの荷物全部を持ってくれる。“お師匠には持たせる訳にはいかない”というのである。手足の不如意なわたしを助けてくれているのは、分かっている。。。
もう一人、自分でも絵を描き、陶芸もする元東大分院の看護婦だった女性である。“あなたの絵のサイズは小さいけど、描いてある風景が壮大なのが気に入ったので、一緒に絵を描きに行きたい”といった。しかし、彼女は、人工弁に感染が起きて、いまだ同行できないでいる。
面白いもので、わたしはハガキサイズで絵を始めたせいか、その後、大きなサイズに挑戦もしたが、全体のバランスで気に入った大きな絵が描けないのである。せいぜいで、B5サイズである。対象は、確かに、見はるかす景色を描くことが多い。それを指摘してくれたのであろう。